山廃と速醸酛の違いとは?乳酸の働きや酒母造りを解説
日本酒のラベルや商品説明を見ていると、「山廃仕込み」と書かれたお酒を見かけることがあります。
山廃は、昔ながらの酒母造りを受け継ぐ製法の一つです。
一方、現在の日本酒造りで広く使われているのが「速醸酛(そくじょうもと)」という方法です。
この2つの製法には、酒母を育てるときに乳酸をどのように確保するかという大きな違いがあります。
山廃を知るうえでは、速醸酛との違いを理解しておくことも大切です。
なぜ山廃では乳酸菌の働きを利用するのか。速醸酛では、なぜ醸造用乳酸を加えるのか。
それぞれの仕組みを知ると、山廃という製法の特徴がもっと見えてきます。
🍶 この記事でわかること
- 山廃と速醸酛の製法の違い
- 山廃で乳酸菌が果たす役割
- 速醸酛で醸造用乳酸を加える理由
- 乳酸の確保方法が酒母造りに与える影響
- それぞれの製法と味わいの関係
山廃と速醸酛の違いとは?
山廃と速醸酛の大きな違いは、酒母に必要な乳酸をどのように確保するかです。
山廃では、酒母の中で乳酸菌を生育させ、その乳酸菌がつくる乳酸を利用します。
一方、速醸酛では、醸造用の乳酸を仕込みの段階で加えます。
乳酸を確保する方法の違い
VS
速醸酛
醸造用乳酸を加えて、必要な酸性環境を整える
どちらも、酵母を育てるために酒母を酸性の環境にするという目的は同じです。
ただし、そこに至るまでの過程が違います。
山廃とは?乳酸菌の働きを利用する酒母造り
山廃は「山卸廃止酛(やまおろしはいしもと)」を略した呼び方です。
生酛造りで行われていた「山卸」という作業を廃止したことから、この名前が付けられました。
山卸とは、蒸米・麹・水をすりつぶすように混ぜ合わせる作業のことです。
山廃ではこの工程を行わず、麹の酵素などの働きを利用して米を溶かしながら酒母を育てていきます。
山廃という名前の由来
山卸の「山」と、廃止の「廃」を組み合わせたもの。つまり「山卸廃止酛」の略称です。
ただし、山卸を廃止したからといって、酒母造りの仕組みそのものが速醸酛と同じになるわけではありません。
山廃は生酛系酒母の一つであり、速醸酛とは乳酸の確保方法が異なります。
酒母の中で乳酸菌が生育し、その乳酸菌がつくる乳酸によって、酵母が育ちやすい環境を整えていくのです。
ここが山廃を理解するうえで、とても重要なポイントです。
山廃では乳酸菌がどのように働く?
酒母を仕込んだばかりの段階では、乳酸による酸性環境が十分に整っているわけではありません。
酒母の中では、さまざまな微生物が関わりながら環境が変化していきます。
その過程で乳酸菌が生育し、乳酸をつくることで、酒母の酸性度が高まっていきます。
この乳酸が重要なのは、酵母が活動できる一方で、多くの望ましくない細菌の増殖を抑える働きがあるためです。
山廃の酒母造りをイメージすると
酒母の仕込み
▼
乳酸菌が生育する
▼
乳酸がつくられ、酸性環境が整う
▼
酵母を育てる
このように、山廃では乳酸菌の働きを利用しながら、酒母の環境を段階的に整えていきます。
もちろん、乳酸菌が自然に増えるのをただ待っているわけではありません。
温度や原料の状態、微生物の働きなどを見極めながら管理する必要があります。
山卸という作業を省略しても、酒母造りに必要な技術がなくなるわけではないのです。
山廃の成り立ちや山卸の工程については、以前の記事でも詳しく解説しています。
山廃とは?特徴や生酛との違いを初心者向けに解説
また、生酛との関係や製法の違いについて知りたい方はこちらも参考にしてください。
山廃と生酛の違いとは?製法や味わいを唎酒師が解説
山廃仕込みの日本酒には、蔵元ごとにさまざまな個性があります。
製法の特徴を知ったうえで、実際のお酒の味わいにも注目すると、山廃の面白さがより伝わってくると思います。
速醸酛とは?醸造用乳酸を利用する酒母造り
速醸酛は、酒母を仕込む際に醸造用の乳酸を加える方法です。
山廃では乳酸菌が生育して乳酸をつくるのを待ちますが、速醸酛では最初から乳酸を加えます。
そのため、乳酸菌が増えて乳酸をつくるまでの過程を待つ必要がありません。
速醸酛ではなぜ乳酸を加えるの?
酒母造りで乳酸が必要になる理由は、山廃と同じです。
酵母が活動しやすく、望ましくない細菌が増えにくい環境を整えるためです。
乳酸によって酒母が酸性になると、酸に弱い多くの細菌は増殖しにくくなります。
一方、日本酒造りに使われる酵母は酸性環境でも活動できるため、酒母の中で増やしていくことができます。
🍶 唎酒師的ポイント
乳酸は、単に酸味を付けるためのものではありません。酒母の中で酵母を育てる環境を整え、雑菌の増殖を抑えるために重要な役割を果たしています。
速醸酛では、醸造用乳酸をあらかじめ加えることで、仕込みの初期から酸性環境を整えられます。
ただし、乳酸を加えれば酒母が完成するわけではありません。
酵母を適切に増やすためには、温度や仕込みの状態を管理する必要があります。
なぜ「速醸」と呼ばれるの?
速醸酛という名前は、酒母を比較的短い期間で育てられることに由来します。
山廃や生酛では、乳酸菌が生育して乳酸をつくるまでに時間が必要です。
一方、速醸酛では醸造用乳酸を加えるため、その過程を省くことができます。
酒類総合研究所の資料によると、生酛では乳酸菌が乳酸をつくるまでにおよそ2週間かかりますが、醸造用乳酸を使えばその期間が不要になります。
その分、酒母造りの期間を短縮できるのです。
なお、「速醸」という名前だからといって、日本酒の仕込みから完成までのすべてが速くなるという意味ではありません。
あくまで、酒母を育てる工程を比較的短期間で進められることを表しています。
速醸酛は明治末期に開発された酒造技術の一つです。
乳酸を利用することで酒母造りを合理化し、現在の日本酒造りを支える方法として広く普及してきました。
山廃と速醸酛の違いを整理
ここまでの内容を整理してみましょう。
| 比較項目 |
山廃 |
速醸酛 |
| 乳酸の確保 |
乳酸菌が生成 |
醸造用乳酸を添加 |
| 酒母の系統 |
生酛系 |
速醸系 |
| 酒母造りの期間 |
比較的長い |
比較的短い |
| 特徴 |
乳酸菌の働きを利用する |
乳酸を添加して環境を整える |
このように、山廃と速醸酛では乳酸を確保する方法が異なります。
山廃は乳酸菌の働きを利用する酒母造り。速醸酛は醸造用乳酸を加えることで、酒母造りを効率よく進める方法です。
どちらが優れているということではなく、それぞれ異なる仕組みと特徴を持っています。
そして、この酒母造りの違いは、完成する日本酒の味わいにも関係してくるのでしょうか。
次は、山廃と速醸酛の味わいについて見ていきます。
山廃と速醸酛で味わいは違う?
山廃と速醸酛では酒母造りの方法が違います。
では、完成した日本酒の味わいにも違いが出るのでしょうか。
一般的には、山廃仕込みの日本酒は酸味や旨味、コクを感じるタイプが多く、速醸酛の日本酒はすっきりと軽快なタイプが多いといわれます。
ただし、これはあくまで傾向です。
山廃なら必ず濃厚になる、速醸酛なら必ず淡麗になるというわけではありません。
山廃の味わい|酸味や旨味、複雑さを楽しめる
山廃仕込みの日本酒は、しっかりとした酸味や米の旨味、ふくらみのある味わいを感じられるものが多くあります。
口に含んだときの存在感や、飲み込んだ後に残る余韻を楽しめるお酒もあります。
こうした特徴から、山廃には「力強い」「濃醇」「個性的」といった印象を持つ人も少なくありません。
ただ、山廃のすべてが重厚な味わいというわけではありません。
軽やかで飲みやすいものや、穏やかな酸味を楽しめるものもあります。
同じ山廃仕込みでも、使用する米や酵母、精米歩合、仕込み方、熟成の有無などによって味わいは変わります。
山廃の味わいで注目したいところ
- 酸味の強さや質
- 米の旨味やコク
- 口に含んだときのふくらみ
- 飲み込んだ後の余韻
山廃の味わいを実際に確かめてみたい方は、こちらの記事も参考にしてみてください。
天狗舞 山廃仕込 純米酒はまずい?唎酒師が実際に飲んだ正直レビュー
sake-cola.hatenablog.com
速醸酛の味わい|幅広い酒質を表現できる
速醸酛の日本酒は、すっきりとした軽快な味わいから、旨味やコクをしっかり感じるタイプまで幅広くあります。
醸造用乳酸を加えることで酒母の酸性環境を整える方法ですが、それによって完成する日本酒の味わいが一つに決まるわけではありません。
使用する米や酵母、精米歩合、発酵管理などによって、仕上がりは大きく変わります。
華やかな香りを楽しめるものもあれば、米の旨味を感じる落ち着いたタイプもあります。
つまり、速醸酛だから淡麗で軽いお酒になるというわけではないのです。
現在の日本酒には速醸酛で造られたものが数多くあり、さまざまな味わいのお酒を楽しむことができます。
山廃と速醸酛の味わいを比べると?
ここまでの内容を簡単に整理してみましょう。
| 比較項目 |
山廃 |
速醸酛 |
| 味わいの傾向 |
酸味や旨味、コクを感じるものが多い |
軽快なものから濃醇なものまで幅広い |
| 香り |
穏やかなものから個性的なものまである |
華やかなものから穏やかなものまである |
| 楽しみ方 |
酸味や旨味、余韻に注目 |
香りや軽快さ、味わいの幅に注目 |
この表はあくまで一般的な傾向をまとめたものです。
実際には、山廃でもすっきりしたお酒がありますし、速醸酛でも濃厚な旨味を楽しめるお酒があります。
製法だけで味を決めつけず、銘柄ごとの特徴を見て選ぶことが大切です。
山廃と速醸酛、どちらを選ぶ?
山廃と速醸酛の違いがわかってくると、実際に日本酒を選ぶときにどちらを飲めばよいのか気になるかもしれません。
結論からいえば、製法だけで優劣を決める必要はありません。
それぞれに異なる特徴があり、どちらにも魅力的な日本酒があります。
山廃を選ぶなら
山廃を選ぶときは、酸味や米の旨味、味わいのふくらみなどに注目してみましょう。
普段飲んでいる日本酒とは少し違った個性を楽しみたい方にもおすすめです。
また、温度によって味わいの印象が変わるお酒もあります。
冷酒だけでなく、常温や燗酒でも試してみると、新しい魅力に気づくことがあるかもしれません。
速醸酛を選ぶなら
速醸酛は、現在の日本酒造りで広く使われている方法です。
そのため、特定の味わいに絞らず、さまざまなタイプの日本酒から選ぶことができます。
香りを楽しみたいのか、すっきり飲みたいのか、それとも米の旨味を味わいたいのか。
自分の好みに合わせて、幅広い銘柄から探してみるとよいでしょう。
🍶 唎酒師的ポイント
山廃か速醸酛かという違いは、日本酒を選ぶときの一つの手がかりです。ただし、製法だけで味わいを判断するのではなく、原料や酵母、精米歩合、蔵元の造り方なども含めて選ぶと、自分好みのお酒に出会いやすくなります。
山廃と速醸酛についてよくある質問
Q. 山廃と速醸酛では、どちらが昔ながらの製法ですか?
山廃は、生酛造りから山卸の工程を廃止した生酛系酒母の製法です。
一方、速醸酛は醸造用乳酸を利用して酒母を育てる方法で、明治末期に開発された酒造技術です。
山廃は伝統的な酒母造りの流れを受け継ぐ製法、速醸酛は酒母造りを合理化するために発展した製法と考えると、違いを理解しやすいでしょう。
Q. 山廃は速醸酛よりも時間がかかりますか?
一般的には、山廃のほうが酒母を育てる期間が長くなります。
山廃では乳酸菌が生育して乳酸をつくる過程が必要ですが、速醸酛では醸造用乳酸を加えるため、その過程を省くことができるからです。
ただし、実際の期間は酒蔵の仕込みや管理方法などによって異なります。
Q. 山廃の日本酒は酸っぱいのですか?
山廃は乳酸菌の働きを利用する製法ですが、完成した日本酒が必ず酸っぱいというわけではありません。
酸味の感じ方は、酒質や日本酒度、酸度、使用する酵母などによっても変わります。
山廃ならではの酸味や旨味を楽しめるものもあれば、穏やかで飲みやすいタイプもあります。
Q. 速醸酛の日本酒は味が薄いのですか?
そのようなことはありません。
速醸酛は乳酸を加えて酒母を育てる方法であり、完成した日本酒の濃淡を直接決めるものではありません。
速醸酛でも、米の旨味やコクをしっかり感じられる日本酒はたくさんあります。
Q. 山廃と生酛は同じ製法ですか?
山廃と生酛は、どちらも生酛系酒母に分類されます。
大きな違いは、山卸という作業を行うかどうかです。
生酛では山卸を行いますが、山廃ではその工程を廃止しています。
どちらも乳酸菌の働きを利用して乳酸を確保する点では共通しています。
詳しくは、こちらの記事で解説しています。
山廃と生酛の違いとは?製法や味わいを唎酒師が解説
sake-cola.hatenablog.com
まとめ|山廃と速醸酛は乳酸の確保方法が違う
今回は、山廃と速醸酛の違いについて、酒母造りの仕組みや乳酸の働き、味わいの特徴を紹介しました。
最後に、今回のポイントを振り返ってみましょう。
この記事のまとめ
- 山廃は乳酸菌が生育してつくる乳酸を利用する
- 速醸酛は醸造用乳酸を加えて酒母の環境を整える
- 山廃は生酛系酒母の一つで、山卸を廃止した製法
- 速醸酛は乳酸菌が乳酸をつくる過程を省けるため、酒母造りの期間を短縮できる
- 味わいにはそれぞれ傾向があるものの、製法だけで決まるわけではない
山廃と速醸酛は、どちらも日本酒造りに欠かせない酒母の製法です。
大きな違いは、酒母に必要な乳酸をどのように確保するか。
山廃では乳酸菌の働きを利用し、速醸酛では醸造用乳酸を加えることで、酵母が育つ環境を整えます。
この違いを知っておくと、日本酒のラベルに書かれた「山廃仕込み」という言葉も、今までとは少し違って見えてくるはずです。
日本酒を選ぶときは、製法にも注目しながら、自分好みの一本を探してみてください。
山廃には山廃の、速醸酛には速醸酛の魅力があります。
それぞれの違いを知ることも、日本酒を楽しむ面白さの一つです。
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